洋服徒然草 2008年版   


(240)ズボンの股上を深くするお直し


お客様から昔作ったズボンの股上を深くできないかという
ご相談がありました。
腰回りが完成しているズボンの上端(ループのある部分)は
もう上方向に出すことができないので一見不可能に思えますが
実は股下を刳り下げることによって股上寸法を深くすることができます。
刳り下げた分だけ股下が短くなりますので、
同じ寸法分、裾を下方向に出します。
そうすると手品のように股上の深いズボンに変身します。

オーダー洋服は完成後でもいろいろとお直しできるように
表からは見えない部分の縫い代をあちこちに残しています。

(239)千鳥格子

生地の柄には英国でも日本でもそれぞれに名前が付いています。
千鳥格子は日本人には図案化された千鳥が並んでいるように見えるのですが
英語ではハウンドツース(犬の歯)と呼びます。
ギザギザ模様が犬歯に見えるようです。

杉の木のような杉綾(スギアヤ)は英語ではヘリンボン。
ヘリングボーン(ニシンの骨)の意味で、言われてみれば魚の骨のよう。
アヤとは斜め柄のことです。

小さなマルが並んだような柄はバーズアイと呼ばれます。
英国人には鳥の目のように見えるらしい。
マルがもっと小さくなるとピンヘッドといいます。

こちらに写真を添えました。http://london.or.tv/hakurai2.htm

(238)今年の流行は?

現代の流行とは既製服のメーカーさんが同一デザインの服を
大量生産することで人為的に生み出しているように思えます。
ズボンは3年前まで腰周りがゆったりしたツータックが主流でしたが
今販売されているものは余裕の少ないノータックばかり。
素材も冬ものとは思えないほど薄く軽い生地が使われています。

オーダーの場合はお客様お一人お一人の希望に添った洋服を
お仕立てするので生地は多種多様で、デザインもバラバラです。
お客様の体型とキャラクターに合わせることを第一に考えていますが
流行を全く無視するわけにはいきません。
流行の要素を少しずつ取り入れて常に新しい風を入れるよう心がけています。
最近のズボンはワンタックに仕立てることが多くなりました。

(237)総裏と背抜きと単衣(ひとえ

裏地の付け方は基本的には3種類あります。
上着の裏側全体に裏地を付けるお仕立てを「総裏」といい
冬服に使います。
合い服(春と秋用の服)には背中部分に裏地を付けない
「背抜き」という仕立て方を採用します。
夏は前身部分も極力裏地を減らした「単衣」で軽く仕立てます。

最近は冬でも合服生地を使うことが多く背抜きが主流です。
ツィードやカシミアは背中の滑りが良いよう必ず総裏にしています。

(236)アルパカの裏地
←アルパカです
30年くらい前までは裏地にはもっぱらアルパカという
毛織物を使っていました。
高級感のある素材ですがちょっと滑りが良くないので
ズボンとこすれ合う腰の部分がよくすり切れていました。
5年や6年で痛むものではありませんが
オーダー洋服は10年、20年と着るのが当たり前の時代だったのです。
写真のような台場仕立ては裏地の下部分がすり切れたとき
そこだけの取り替えが便利なよう工夫された仕立て方です。

その後より安価で品質のよいキュプラが普及して当社でも
現在ではほとんどキュプラを使用しています。
しかし年にお一人がお二人くらいのペースでアルパカを
希望されるお客様がいらっしゃいます。
クラシカルな味のお洋服がお望みの方はお申し付けください。

(235)キュプラの裏地
←キュプラです
当社の上着の裏地にはキュプラという布を使っています。
キュプラ繊維は綿花から作られます。

綿は直径5ミリほどの種の周りを白い綿毛がくるんで、
ゴルフボールくらいの大きさの綿花を形成しています。
この綿毛をむしり取ったものが綿なのですが
全部をきれいに取り切ることはできずに、
一部は種の周りに残ってしまいます。
これを薬品で溶かしてドロドロのパルプにしてからノズルから吹き出し
再び繊維状にしたものがキュプラです。
作り方は化学繊維に似ていますが成分は100%綿です。

しなやかで光沢があり、天然素材なので表地との相性がよろしい。
冬場は静電気が起こりにくいというお客様もいらっしゃいます。

既製服の上着裏地は石油を原料とした化学繊維である
ポリエステルが多く使われています。

(234)コートのデザイン

コートの季節になりました。
通勤される方が着用しておられるコートのほとんどは
カッターシャツに似たステンカラーでラグラン袖になっています。
このデザインが一番実用的であるからです。

仕立屋にコートをご注文くださるお客様は既製品にはない
デザインをお求めになるケースが多く、
その代表がトレンチコートとチェスターフィールドコートです。
写真はさきごろご注文頂いたフロックコートで
お仕立てできるテーラーは日本中にもう何軒もないと思えます。

コートのご案内はこちらへ

(233)服部先生のCD

仕立屋業界のカリスマである東京「金洋服店」の服部晋先生が
「洋服の作り方」というCDを発行されました。
3枚組で31,500円。
タイトル通り型紙(洋服の設計図)作りや縫製の過程を撮影しています。
ハンドメイド洋服を作ることのできるテーラーが全国的に激減している中で
映像で技術を記録するのは意義あることだと思います。

パターンオーダー(イージーオーダー)の洋服が写真なら
ハンドメイド服は肉筆画です。
見た目にも着心地にも、人間の手でしか作れない味があります。

(232)オーダーメード?
 
オーダーメイド(注文製産)を新聞ではオーダーメードと表記しています。
メイド喫茶はメード喫茶です。
全国紙でも地方紙でも新聞社は同じ表記基準に従っているので
例外はありません。

しかし爪を整える施設を従前ネールサロンと書いていましたが
数年前に各紙いっせいにネイルサロンに改めました。
表記基準も時代に応じて少しずつ変化します。

(231)パソコン上での型紙

初めてのお客様に洋服のご注文を頂くとまず
「型紙を起こす」という作業を行います。
90㎝×120㎝のハトロン紙の上に鉛筆で
その方の体型、寸法に合わせた洋服の実物大設計図を描く作業です。
一度作った型紙は何十年も保存し、体型が変化すれば修正を加えます。
特殊なデザインの場合はそのつど新たな型紙を作ります。

近年の工場では型紙製作は全てコンピューターの画面上で行います。
数値を入れれば機械が勝手に型紙を打ち出してくれるという
まことに便利なプログラムがあるのです。
当社のように今だにハトロン紙と鉛筆で型紙を作る店は極めて少数派です。

(230)胸ポケットにチーフを

紳士服の胸ポケットはチーフを入れるために作られていて
他の用途はありません。
ポケットチーフは実用品ではなく、ネクタイ同様にアクセサリーです。
色は白で素材は麻か絹。
綿や色物はパーティなどちょっと遊びっぽい席で使います。

手を洗ったあとに使うハンカチーフは別に用意します。
とはいえご婦人がワインをこぼしたときなどは素早く胸ポケットから
チーフを抜き出して拭くのがよろしいとされているそうですが。

(229)略礼服のお値段

黒の略礼服はいくらからできますか、という
ご質問をお客様に頂戴しました。
当社の場合スーツなら6万円でできますが
三つ揃いはベストが2万円ほどプラスされて計8万円かかります。
デザインなどの変化があっても割り増しは頂戴していません。

もっと安くできないかといわれると、実はできます。
マシンメイドの服はどのお店でもどこかの工場に
縫製を委託しています。
洋服の値段は生地と仕立てによって決まりますが
とくに縫製料金は工場によって大きな違いがあります。
ネット上でもよく探されると5万円以下で三つ揃いができる店も
きっとあるでしょう。
安いから寸法が合わないといったことはありませんし
デザイン変化もたいていのことが可能です。
(総裏などは別料金になることが一般的ですが)

一般の方には縫製の違いはそれほどわからないと思います。
しかしそれぞれの店ごとに使う工場や仕様にいささかのこだわりがあり、
当社の場合は申し訳ありません、8万円ほど頂戴しているということです。


(228)アイアンマンのイタリア仕立てスーツ

ただ今公開中の「アイアンマン」はアメリカンコミックスが原作の
スーパーヒーローものながら、映像がとても美しいハリウッド映画です。
主人公は大企業の経営者で、資産家であることを表現するために
たいへん上等なスーツを着ています。

素材は細番手のウール素材。
バスト周りはジムで鍛えた胸板を強調するように
胸の曲線にぴったりとはりつくように仕立てられているのですが、
生地も芯地も薄く軽いものを使って窮屈さを感じさせないようにしています。
「第二の皮膚」を標榜するイタリア調のお仕立てです。

諜報部の役人は生地も仕立ても地味なスーツを着用。
洋画は登場人物の立場や職業を見てとれるように
衣装担当が洋服を細かくチェックしています。

(227)コンケーブショルダー2

このところコンケーブショルダーのお洋服を続けてお仕立てしています。
通常の肩線は製図するとき下向きのカーブを描くのですが
コンケーブショルダーの場合は逆に上向きに反り返ったようなラインを引き
パットで固めて厳しい肩線を作ります。

ご注文くださったお客様が
「コンケーブショルダーは五重塔のイメージであり、
日本人の体型に合ったデザインなのだ」
とおっしゃる慧眼には感服しました。

確かに体の大きなアメリカ人がこの服を着ると
あまりにゴツく、威圧的な感じになってしまうでしょう。
ピエール・カルダンは肩先を極端に高く上げたコンケーブショルダーを
パゴダ(仏塔)ラインという名前で発表していました。

(226)
洋服生地は1着分が3,2メートルにカットされていて
重さは約1㎏あります。
1メートルにつき300グラム少々になる計算です。
夏生地は薄いので1メートル250グラムくらいになります。
最近は冬服でも軽いものが好まれ、
重くともせいぜい350グラムといったところです。

ビンテージ生地には400グラムを越える
分厚いフラノやダブルクロスがあり
近年そうした重い生地の復刻版も出ているようです。
現在お客様のご注文で英国から565グラムの新作を
取り寄せて三つ揃いをお仕立てしています。

生地は厚い方が仕立て映えがします。
厚くてもきちんと身に合うようにお仕立てすれば
それほど重さは感じないものです。

(225)
ご注文の際はファッション雑誌の切り抜きやネットで拾った
洋服の画像など、お好きな資料を見せて頂けると
お客様の持っておられるイメージが掴み安くて助かります。

映画に出てくる洋服とおなじものを、というご注文で
持参されたDVDを店先のパソコンでいっしょに拝見することもあります。
映画「スターリングラード」や「ムーンチャイルド」に登場する
コートもお仕立てしました。

一番いいのは今持っておられる洋服を見せてくださること。
必ずしも気に入っていない服でも
「この部分が気に入らないのだ」
と指摘くださるとたいへん参考になります。

(224)手結びの蝶ネクタイ

実際に手で結ぶ蝶ネクタイです。
映画「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」の中で
トム・ハンクスが締めていました。
写真のように特殊な形をしていて
首の太さによって長さを調整する必要があるので
中程に首回りの寸法を変えることのできる金具が付いています。
滅多に出ることのない商品ですが
ごく希にご注文される方のために用意はしています。

(223)南京玉ブチ

近年は私ども仕立屋よりもお客様の方が洋服に詳しいことがよくあります。
写真は当社でお仕立てした上着の内ポケットです。
このようにポケットの端を折りたたむような作り方を「南京玉ブチ」と呼ぶそうです。

上着の腰ポケットの両端をアルファベットの「D」の字のように縫って
補強する手法を「Dカン留め」ということ、
上襟の裏側で襟端を始末する縫製法を「ひげ処理」
と呼ぶことなどもお客様に教えて頂きました。

どれも当社では昔からごく普通に行っている工程なので
特別に名前があるとも考えていませんでしたが
なるほど既製服を見比べてみるともっと簡略な作り方をしているようです。

(222)バッソのシルク

久々にバッソ社(伊)の古いシルク生地を見つけたので仕入れました。
30年前には仕立屋が使うシルクは同社製品の独壇場でしたが
その後バッソは婦人物に転向したようで、近年全くみかけることがなくなりました。
厚みのある絹の洋服地にはキシキシときしむような手触りがあります。
先日お客様が
「バッソのシルクは新雪を踏むような音がする」
と表現しておられたのには感服しました。

シルクの洋服は高級感あふれる光沢が値打ちで
気温に関係なく1年中着用できます。
最近見かけることが少なくなったのでかえって
その良さが目に付くようになりました。


(222)ビキューナのコート

東京の生地商社さんが久々にビキューナの生地サンプルを
持参して来られました。=写真
ビキューナは南米高地に住むラクダに似た動物です。
その毛はカシミアに似ていますがさらに繊維が細くしなやかです。
ワシントン条約によって長く取引が禁止されていましたが
次第に数も増え、南米諸国の外貨獲得の手段として
少しずつ解除されているようです。

今年冬用に1着仕入れておいてはと勧められたのですが
コート1着分2百万円とのことなので遠慮しました。


(221)クールビズのシャツ

クールビズの普及によってきノーネクタイのシャツスタイルが
一般化してきています。
しかしどうもふだんのシャツからネクタイを外しただけという
ぎこちなさを感じます。
クールビズには最初からネクタイのできない襟デザインの
シャツをお勧めしたいと思います。

ひとつはスタンドカラー。
似ていますがマオカラーもいいですね。
イタリアンロールというベニスのゴンドラの船長さんみたいな
襟型もお勧めです。(=写真)


(220)スーツ地でブレザーを

スーツに使われる生地とブレザー用の生地は別物です。
ブレザー生地は打ち込みが甘くてズボンを作るには丈夫さが足りません。
生地に腰がないからこそブレザー独特の軽く羽織る感じが出せます。
スーツ地でブレザーを作るとかっちりとし過ぎて
スーツの上着だけを着ている印象を免れません。

それでもスーツ地を使ってブレザーだけを仕立てて欲しいという
ご注文をしばしば頂きます。
そんなときはデザインでスーツらしさを払拭するよう努めます。
写真の例ではアウトポケットにしてよく光る貝釦を使ってみました。


(219)バンチ見本

仕立屋にはたいていバンチ見本が置いてあります。
20㎝四角くらいの生地サンプルを冊子状に束ねたもので
この中から生地を選んで頂くこともあります。

当社に在庫として置いてある生地は商社から1着ずつ
現金で買い取ったものです。
定価(見本値といいます)より相当値切って買いますので
お客様に頂戴する値段を抑えることができます。
バンチ見本から注文する場合は値切る額も限られますので
少し定価に近くなるのはやむを得ません。

(218)英国生地とイタリア生地

現在当社で扱っている洋服生地のうち半分以上が英国製です
3割強がイタリア製で残りが日本やドイツ製でしょうか。
せっせと英国生地の普及に努めているので
神戸のイギリス領事館から領事さんが挨拶に見えたこともあります。

各国の生地にはそれぞれの特徴があります。
英国生地がしっかりしているのは1平方㎝中に
織り込まれている羊毛の量が多いためで、
これを仕立屋は「打ち込みがいい」「目付きがいい」と賞賛します。
それだけ生地が重くなる理屈ですが、
固くて重いからいいのだという一種信仰的な評価もあります。

イタリア生地は総じて打ち込みが甘く、
その分軽くてスマートな服ができあがります。

(217)ヴィンテージ生地

今から30年以上前に主に英国で織られた生地で
スーツを仕立てて欲しいというご注文をしばしば頂きます。
当社ではそんなヴィンテージ生地を積極的に集めています。
主な仕入れ先は廃業を決めた老舗のテーラーさんです。
伝統ある腕の良いテーラーさんでもご主人が高齢化し
跡継ぎがいないとなれば廃業するしかありません。
そのようなお店の手持ち生地を譲って頂いています。

古い英国生地は固くて重いのですが、
近年織られた生地にはない重厚な高級感を持っています。
他のテーラーさんがほとんど扱っていないのは
生地が入手しにくいこと、用尺(長さ)が短いために
お仕立てしにくいことが大きな要因だろうと思います。


(216)タイピンはどの位置で留めるのですか?という
     質問にお答えして

ネクタイピンは本来はピンという名前のとおり刺す方式がネクタイピンで
横から挟むクリップ式のものはタイバーと呼んでいるのですが、
最近は全部総称してタイピンといっているようです。
 
ぶらぶらしがちなネクタイをしっかり固定するという実用的な役目がありますので
タイバーの場合ネクタイの上下2枚をまとめて、シャツのみぞおちの辺りに
留めるやり方が
30年前には一般的でした。
そうしないと手を洗うときにネクタイがじゃまになりますから。
 
しかし現在では実用よりもファッション性要素が強く、
スーツの釦を留めても見えるくらいかなり上方の位置に留める傾向があります。
また礼装で丸い真珠だけが見えるような文字通りのタイピンの場合は以前から
ベストを着ても見えるようネクタイの結び目の下7,8㎝のところに刺していました。
 
しかし20年くらい前からタイピンはおじさんがするものという風潮が広まり
見えないようにネクタイの短い方だけを挟むというやり方が出現しました。
 
いずれにせよルールで定まった正式な位置があるわけではありませんので
お好みのところですればいい、というお答えになってしまいます。
またネクタイを固定するという本来の役目を考えるとベストを着る場合は
タイピンは必要ありません。


(215)ベスト(=ウエストコート)

上着の下に着るベストは米国語で、英語ではウエストコートといいます。
チョッキは日本語で「直着」の意味。
「ちょっと着るからチョッキ」ともいわれています。
体に密着させるよう仕立てるのはたいへん難しい。
写真はウエストコート前身に芯を据えているところ。
職人さんはもう40年間、当社のベストを縫ってくれています。

ベストの背中が裏地で作られているのは17世紀ころに出された
倹約令によって見えない部分にまで豪華な表地を使うことが
はばかられた歴史が起源となっているといいます。
しかし裏地を使った方がよく滑るので実際に着心地がよく
現代でも背中部分は原則として裏地で作っています。

(214)ファスナーの話

ズボンの前合わせに付いているファスナーは正式にはスライドファスナーといいます。
ファスナーは「留め金」ですので「スライド式の留め金」という意味です。
「ジッパー」は米語で、元々は商品名でした。
弾丸が飛ぶときのZip(ビュー)という音が語源で、
釦式よりも素早く留められることをアピールしています。
「チャック」は日本語で、「巾着」の略語です。

かつてはファスナーといえばアメリカのタロン社の独占市場でした。
日本の吉田工業が終戦直後にYKKブランドのファスナーを開発し
改良を重ねて現在ではタロンを凌ぐまでになっています。
当社でも特別のご指定がない限りYKKのファスナーを使っています。

YKKのファスナーは半開きになった状態で左右にひっぱっても
それ以上下がりません。
かつてはズボンのファスナーが勝手に開くことがよくあって
気がつかずに街を歩いていて恥をかいたという男性が多かったものですが
YKKファスナーのお陰でそのような悲劇に遭遇することが少なくなりました。

(213)
当社では主に英国製、イタリア製の生地を使って洋服をお仕立てしています。
英国にもイタリアにも数百もの織物工場や生地商社があり、
その多くが百年以上も営業を続けていて、潰れたという話を聞きません。
それでも30年前に比べて我々仕立屋が扱うブランドはずいぶん少なくなりました。

スキャバルやフィンテックスなどは当時から変わらず日本市場で流通していますが
モクソン、リーロイド、ディルロドなどかつて日本の一流テーラーが扱っていた生地は
近年ほとんど目にすることがなくなりました。
これらのブランド生地はヨーロッパでは変わらず生産されているのですが
取り扱っていた日本の輸入商社とテーラーが激減しているために
手に入らなくなっているのです。

ドーメルも日本の取り扱い商社が倒産したために一時日本市場から
全く姿を消していましたが、近年ドーメル・ジャパンが再結成されて
また少しずつ見かけるようになりました。


(212)コンケーブ・ショルダー

久しぶりにコンケーブショルダーの上着をお仕立てしました。
通常の上着は製図するとき肩線をゆるやかな下向きカーブに引くのですが
コンケーブショルダーの場合は反対に
上方に向かってそり上がるような肩線を作ります。
ハンドメイドでしかありえないインパクトのあるシルエットができます。

最近はロープド・ショルダーもよくお仕立ていたします。
これは袖山を高く盛り上げた肩ラインで、
英国調の厳格さとシャープな現代性が表現できます。

アメリカ人好みの丸っこい肩線であるナチュラルショルダーも
ときにアイビーファンに注文頂くのですが
どうも日本人の体型には合わないようです。

(212)ネーム入れ

ハンドメイドでお仕立てするお洋服のネームは
専門の職人さんがミシンを使って入れています。
全くの手作業ですので書体や文字色など自由にできる一方
字を刺繍する技術の上手下手が現れます。
ハンドメイド洋服を仕立てる店が減った現在
ネーム職人さんもずいぶん少なくなりました。

当社で作る服のネームはもう何十年も同じ方が入れて下さっていますが
修行中は右手の人差し指、中指をよくケガしたものだと笑います。
ネームに集中していてあっと思ったときには指をミシンに
巻き込まれ、針で縫ってしまうのです。

マシンメイドのお洋服はコンピュータがネームを入れています。

(211)
初めてお越しになるお客様の場合、お手持ちのお洋服をご着用になって
あるいは持参してお越し下さると仕立屋としてはたいへん助かります。
必ずしも気に入っていないお洋服でいいのです。
今日の服はここのところが気に入らないのだ、
と指摘くださるととても参考になります。

仕立屋が目指しているのは最高品質の洋服ではなく
お客様が最高の満足を得ることのできる洋服です。
そのためにはお客様が洋服に何を求めていらっしゃるのか
を知ることが最も重要だからです。


(210)19世紀の服を再現

お客様のご要望で19世紀末に流行った洋服を
ハンドメイドで再現している最中です。
この時代の洋服にはたくさんの縫い目が入っています。

現代の背広なら背中は左右2枚の生地でできていますが
今回作成している洋服の背中は6枚の布を接ぎ合わせて作ります。
手間はかかりますが生地に無駄が出ません。
たくさんの接ぎ目を入れるとひとつひとつの部品が小さくなり
端切れのような生地からでも部品を取ることができるからです。

当時は生産される布の量が限られていたために
こうした仕立て方が求められたのだと思います。

(209)恐怖のタケノコ

生地を裁断するためのハサミは仕立屋のシンボルです。
1日に何十回何百回も手に取りますが、
机の上や生地の上に置くときには必ず閉じた状態にしています。
ときにほんの少し先が開いていることに気がつくとひやりとします。
なぜなら…
置いたハサミを手に取るとき開いた刃先が自然に閉じて生地を挟み込み
V字型の小さな切れ込みを作ることがあるのです。
仕立屋はこうしてできる傷をタケノコと呼び、とても恐れています。

(208)150万円の舶来マーク

通常上着の内側には仕立てたテーラーのマークとともに
生地メーカーのブランドがついています。
仕立屋ではよくこれを舶来マークと呼んでいます。

写真はすべてスキャバル社(英)のものですが、こんなに種類が豊富。
同じトヨタの自動車でもクラウンやマークⅡなど
車種ごとにちがうエンブレムを付けているのと同様の感覚です。
中央のロイヤル・ミラクルは生地価格150万円します。

イタリアの舶来マークは全般にイギリスよりもシンプルなデザインです。
ゼニアの場合同じデザインでも赤と青の2種類がありますが
流通ルートの違いによるもので品質の差ではありません。

(207)
高級既製服の安からぬお値段の根拠のひとつは、
汎用性の高い型紙の研究開発費にある、と考えられます。
だれが着てもそこそこ合い、格好よく見える服になるような型紙を作り、
万人の体に沿いやすい縫製を実施しています。
当社で作るオーダー洋服はご注文下さった当人にだけにぴったりと合い
背格好の似ている他の方が着用になると見事なまでに合いません。

格好の良さが前面に出て欠点が見えなくなってしまう高級既製服の仕立ては
注文服とは全く違う設計思想で作られているようです。

(206)
イタリアと英国の紳士服の違いについて面白い意見を聞きました。
イタリア人はミケランジェロの彫刻にみられるように
男性の肉体を美しいものと認識している。
だから体の線を見せるように、軽くしなやかな服を仕立てる。
英国にはそのような考えはなく、むしろ肉体の欠点をカバーしようとして
ラインのしっかりした服を作る、というのです。

なかなか納得できる説に思えます。
「英国仕立ての服は自立する」と聞いたこともあります。
人間が着ていなくても服だけでヨロイのように立つというのです。
むろんイメージ上のお話ですが、テーラーロンドンを名乗る当社の服も
ちょっとそんな感覚で仕立てています。
開放的なラテン体質よりも厳格な英国気質の方が
日本人には合うように思えるのです。

(205)
ネットの百科事典ウィキペディアは調べ物をするときに便利で私も
よく利用させて頂いています。
ところが同サイトの「背広」の項目
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%8C%E5%BA%83
に上着の袖ボタンの数について
シングル2つ釦の上着→袖ボタンは3個で
ダブル6つ釦の上着→袖ボタンは4個が「通常」
などと書いてあるのはどうにも根拠がわかりません。
いつも相談申し上げている東京の大先生にお尋ねしましたが
先生もそんな話は聞いたことがないとおっしゃいます。
当社ではその時々のデザインに合わせて3個、もしくは4個にしています。

(204)

ここ数年、若い方の着用するスーツは圧倒的に濃色が主体で
黒、もしくは黒に近い濃紺やチャコールグレーを着る方が街にあふれていました。
「流行は万人が軽蔑しながらも従う暴君である」といわれますが
さすがに暴君の勢いもやや弱まってきたように思われます。
暖かくなるとやはりライトグレーなどの薄い色が見た目にもさわやかです。

近年見かけることの少ないダブルの上着も
遠からず復活することでしょう。
今上天皇陛下は流行にかかわらず若いころからダブルをご愛用です。

(203)

ハンドメイドの洋服のお仕立てには仮縫いといって
裁断した生地を一度洋服の形に組み立ててお客様に着て頂く工程があります。
仕立屋的にはこれは何をしているのかといえば、
理論と実際との差を確認しているのです。

まずお客様の体の寸法を採って体型を見定め、
理論的に対応する形に生地を裁断して服の形にするのですが、
それが本当に正しいかどうか、実際に着てみて頂いて確認している訳です。

仮縫いは途中までできているという段階ではありません。
お客様に着付けた後はまたバラバラにほどいてしまいます。
実際の体型に合わせた現実的なラインに裁断線を引き直して
改めて縫製にかかります。

(202)
カリフォルニア州知事であるアーノルド・シュワルツネッガー氏の姿が
ときどきテレビに映りますが、この方の洋服はすごい。
ボディビルダー出身だけあって今でも尋常ならざる体型をしています。
異常に厚い胸板と極端な下がり肩を立体的に覆ったスーツは
そうとうに腕のいいテーラーのお仕立てです。

コマーシャル写真などでモデルさんがきれいなスーツを着ているのは
背中側をあちこちピンでつまむなどして前から見たときだけ
美しいラインになるように見せてているのが通例です。

(201)
きちんとお仕立てした洋服は10年や20年は平気で保ちます。
とはいえ長持ちさせるためにはメンテナンスが必要なことは自動車と同じです。
当社の洋服でも着用しているとあちこち糸が切れてほつれてくる部分があります。
上着の袖裏の脇下部分、ズボンの腰裏などはよくほつれますので
そのつどご持参くだされば無料でお直しいたします。

頑丈に縫っておくと糸が切れない代わりに布が破れてしまいます。
長持ちさせるために甘く縫っている部分も多々あります。

(200)
ドレスサイドを日本語では金癖(きんぐせ)と訳してます。
ズボンの股間部分を左右対称にせず、
左側を少し大きく作る仕立て方のことです。
男性の9割方はズボンをはくとき股間の道具を
左足側に入れるといわれているので
左側にこれを入れるためのスペースを作ってやるわけです。
マシンメイドでは作れませんが、ハンドメイドの場合当社では
ズボンの仮縫い時にお客さまがどちらに道具を入れるか確認して
ドレスサイドを作っています。

道具をそっくり全部左側に入れないと効果がありませんので
その由もご説明しています。

マシンメイドとハンドメイドの着心地の違いは
こんな小さな部分の完成度の積み重ねから出てきます。

(199)
メンズ館にて(198の続きです)

オーダー洋服の値段の高さは東京新宿の伊勢丹メンズ館でも同様です。
高額化の最大の要因はオーダーが一部のお客様のための
特別な服になっていることであるように思えます。

洋服をオーダーされるお客様も、そして作る側のテーラーや職人さんも
最近10年間で極端に減りました。
岡山でもハンドメイドに対応できる仕立屋は55歳の私が最若手かも知れません。
都会ではその希少価値に対して高値がついている印象を得ました。

腕のいいテーラーなら既製品と変わらない値段で
はるかに存在感のあるオーダー洋服が作れるのですが…
失礼、自画自賛です。

(198)

今月(2008年2月)大阪梅田にできたばかりの阪急メンズ館に行ってきました。
東京新宿でたいへんな賑わいをみせている伊勢丹メンズ館の大阪版です。
地下1階地上5階までメンズファッションだけで構成した広大な売り場を
半日見て回りましたがオーダーが極端に少ないのは驚きでした。

世界中の既製服ブランドショップがずらり並んでいる一方で
オーダー洋服は3階奥の壱番館さん1店舗だけ。
あとは阪急さんのワンコーナーですがこれもほとんど
パターンオーダー(マシンメイド)です。

その売り場にいい生地が置いて置いてあるなと思って見ると
ドーメル(英)のトニックでした。
お値段を尋ねるとパターンオーダーで27万円、ハンドメイドなら40万円!
普通の方にはちょっと手が出ない価格に思えます。

メンズ館は実質既製服ショップでした。
当社のような仕立屋は希少な存在になっていることを改めて実感しました。

(197)

近年ヨーロッパに渡った方の話によると
かの地でもイタリアファッションが下火になり
英国調紳士服の復興が目立つそうです。

どちらが良いかという比較ではなく、一世を風靡したイタリアファッションが
少々飽きられてきたという単純なお話。
日本に輸入される洋服生地も地厚な英国生地が復活してきました。

流行のサイクルが短くなっているのは世界共通の傾向のようです。

(196)
洋服には余り生地がついています。
虫食いなど修理のために必要なのですが、既製服でも良いものは
縦10cm余りで横長の生地が付けられていることと思います。
これは上襟の寸法です。

着用しているうちに上襟の内側が擦り切れて傷むと、
新しい上襟を作って取り替えることができます。
襟が作れるだけの大きさの生地を予備に残しているのです。

もっともそれは30年以上も前のお話。
洋服は高価なものであり、修理して長く着るのが当然の時代でした。
近年そのような修理をすることはほとんどなくなりましたが
当時の習慣として現在でも上襟分の生地を余り生地に残しています。

(195)

当社では紳士生地を使って婦人服のお仕立てもしていますが
紳士物の前合わせを左右逆にしさえすれば
婦人物になる訳ではありません。

紳士と婦人ではバスト、ウエスト、ヒップの比率が全く違います。
婦人物は婦人専用の型紙で制作します。
 
また当社の場合は紳士物の生地を使用しますが
紳士生地は婦人生地よりはるかに目付きがいいのです。 
目付きとは1平方cmの生地に使用されているウールの分量のことです。
紳士物生地はたくさんのウールを密度高く織り込むので厚く、重くなります。
婦人生地は少ししかウールを使わないので軽くふわふわとした質感になり
フェミニンな洋服に適しているのです。
 
生地が違うと仕立て方が違い、中に入っている芯なども変わります。
お仕立て時のアイロンの掛け方ひとつとっても違います。
紳士生地を使う服は体重をかけてしっかりと生地にいうことをきかせます。
本来平面である生地を人間の円筒形の体に合わせた曲面にするためです。
婦人服専門店のアイロンは軽くかけ、立体感を強調しません。
洋服が軽く、フレキシブルに動いた方が女性的な美しさが引き立つからです。


(194)

結納返しにお洋服をお仕立て下さる幸せなカップルの
お客様もよくいらっしゃいます。
縫いあがったお洋服は箱に詰めて結納返し用の
緑色の熨斗をかけてお納めします。

普段洋服を納めるときには箱には詰めませんが
引越しのときなどにあると便利とおっしゃる方には
洋服箱を差し上げています。

(193)
当社には政界のお客様も多くいらっしゃいます。
政治家といえば何となくどこからか贈られたお仕立券付きの
高価な生地を使った背広を着ているというイメージもありますが
当方のお客様を見る限りそのような例はありません。

どの方もお一人でご来店になり、自分で生地を選んで
自分の財布からお支払いをなさいます。
お値段も一般のお客様と少しも変わりません。
たいへんおしゃれで洋服に詳しい方がいらっしゃる一方で
普段は服装に関心がなく、いささかお粗末な既成品を
着ている方がおられるのも他の分野と同じです。

(192)
洋服はお仕立て後もきちんとメンテナンスしてやることが必要です。
自動車だってガソリンさえ入れれば走るというものではなく
オイル交換やタイヤ空気圧の調整など小まめなメンテナンスを実施する
ことによって初めて本来の性能が発揮できるのと同じことです。
しょっちゅうメンテナンスするタクシー車両は60万キロメートルも走行します。

外出から帰ったらブラシを当て、上着は肩に厚みのあるハンガーに掛けてください。
ズボンはズボンハンガー(当社お勧め)に掛けておくと自然にシワが伸びます。

着ていると上着の袖裏、ズボンの腰裏などは糸が擦り切れてほつれることがあります。
当社に持参いただければいつでもお直しいたします。
クリーニング後、アイロンだけを頼みに持参される方もいらっしゃいます。