洋服徒然草 2009年版

(279)ヒゲ処理

写真は当社でハンドメイド仕立てした上着の襟裏部分です。
表地を折り返して上襟の裏側に縫いとめています。
先日ファッション誌を見ていると、この仕立て方を『ヒゲ処理』と呼び、
「高度な職人技が必要とされる伝統的なディテール」
なのだと書かれていました。
何とも立派に褒めて頂いて恐れ入ります。
どこのテーラーでも昔から普通に実施している方法で
特別に難しいものだとは思っていませんでした。
「ヒゲ処理」という名称があることも初めて知りました。
ファッション雑誌に書いていることはときに大げさなので
仕立て屋が読むにはちょっとつらいところがあります。

(278)オバマ大統領のスーツ

歴代のアメリカ大統領はワシントンDC内のテーラーで
オーダーメイドしたスーツをご着用です。
バラク・オバマ大統領は就任後スキャバルの
「イートン」スーパー130黒と
「ファンファーレ」スーパー120紺の2着を選んでスーツを仕立てた、
とこれはスキャバル社(英)の広報が発表しています。

このブランドは日本でも入手できますが、
お仕立て代を別にした生地価格はそれぞれ
「イートン」が28万円
「ファンファーレ」が23万円(いずれも税別)です。
仕立て上がると4~50万円くらいになりそう。
世界一の権力者の洋服代としては順当なところなのでしょうか。

(277)森繁久弥さんのお洋服

森繁久弥さんがお亡くなりになられ、
テレビで何度も生前の映像が流されました。
どの場面でもたいへんに良質のハンドメイド洋服を
ご着用になっていることが一目で分かります。
本当にお年を召すほどにいい服を着て頂きたいものです。

逆に若いときからあまり良いものを着る必要はないと思い
当方の20代の息子(中学校の先生をしています)には
今のところマシンメイドの洋服を着用させています。
保護者面談のときには必ずきちんとスーツを着るように
とだけは申しつけています。
良い洋服は相手に対する敬意を表現するアイテムであるからです。

(276)初めてご来店下さるなら

初めて当社で洋服をご注文下さるなら
お手持ちのスーツなどをご着用になって来店くださると助かります。
お客様が求めておられる服のイメージがより明確になるからです。

必ずしも気に入っていない服でもかまいません。
この服はここが気になるのだとおっしゃって頂けると
お好みが分かってたいへん参考になります。
またお気に入りの雑誌の切り抜きやサイトからダウンロードした
画像を持参頂ければさらによくイメージが理解できます。

(275)バンチ見本

初めて当社でスーツをご注文くださったお客様が
「オーダーというのはバンチ見本を見て生地を選ぶのかと思っていた」
とおっしゃいました。
その通り昨今は写真のようなバンチ見本の中から
生地を選んで頂くお店が増えていると思います。
見本で商売した方がテーラーにとっては在庫負担がなくてよいのですが
小さなサンプル生地だけでは
お客様には出来上がりの感じがつかみにくいと思うのです。
またバンチから注文すると定価で仕入れることになり
生地価格が高くついてしまいます。

当社に山ほどある生地はどれも現金でできるだけ安価に仕入れているので
バンチで買う店よりもお安く提供できている筈なのです。
そのかわり売れないと店がつぶれてしまうので
一生懸命なのですが。

(274)差し込み

一着のスーツは20程度の部分からできています。
上着なら前身、細腹(さいばら)、後ろ身、山袖、谷袖
のほか、ポケットの蓋や襟も必要です。
1枚の生地からそれぞれの部品を取る作業を差し込みといいます。

上の写真は差し込み図というもので
無駄が出ないよう、ジグソーパズルのように
部品をはめ込む方法を描いています。
お客様ごとにお体の大きさもデザインも違うので、
いつも同じ差し込み方法とはいきません。

テーラーごとに独自の差し込み方法があって
生地が貴重だった時代においては秘術を尽くして
より短い生地で1着の洋服を差し込もうと苦心しました。
各部品の周囲の縫い代の量もテーラーによって違いがあり
こんな形で差し込み図を公表することは滅多にありません。

(273)資生堂CMのモッズスーツ

資生堂UNOのCMに登場するファッションがしゃれています。
小栗旬、妻夫木聡ら4人の若者が揃いのスーツを着て
ロンドンの街を歩きまわる設定のCMは
http://www.shiseido.co.jp/uno/
↑ここで見られます。

デビュー当時のビートルズを思わせるモッズ・ルックですね。
上襟と胸ポケットを別布で作り、くるみボタンを使っています。
Vゾーンの狭い三つボタンを上着の一番下のボタンまで掛けているのは
フロントラインをあまり逃がさず第3ボタンまで真っすぐ下に
おろしたデザインであるからです。
パンツは細くて靴下が見えるほど短めです。
若い方にとっては初めて見るラインかも知れず
これから一部で流行りそうです。

(272)世界3大ブランド・ドーメル

現在紳士服地業界において世界の3大ブランといえば
スキャバル、ドーメル、ゼニアの3社でしょう。
ダンヒルやフィンテックスも上等の生地を提供しますが
上記3社に比べると流通量がはるかに少ないのです。

当社でも20年ほど前まで最も多く使っていた生地はドーメルでした。
しかし輸入元であったドーメル・ジャパンが倒産し
(英国ドーメル社は健在ですが日本の輸入商社が倒産したのです)
数年の間生地が全く入らなくなりました。
その後ドーメル・ジャパンは東京で再建されたのですが
当社での取扱いはずいぶん減っています。

ドーメル社も英国を離れてパリに本社を移しました。
写真の織りネームには「ドーメル・パリス」とありますが
生地は相変わらず英国の工場で織っています。

(番外)トメヒメ卒業

山陽放送ラジオで毎週土曜日の午前9時~正午まで
3年半にわたって放送していた
「びんびんサタデー感度良好 奥富亮子」のパーソナリティ
トメヒメこと奥富亮子アナウンサーが10月をもって涙の卒業!
(当分テレビだけに出演します)
次回から同時間帯は濱家輝雄アナウンサーによる
「はまいえサタデー 白雲悠々」に衣替えします。私は
毎月第1、第3土曜日に、引き続き同番組に出演予定です。

(271)ダブルのズボン裾

ズボン裾を折り返したデザインをダブルといいますが
仕立て屋ではこれを古くから「カブラ」と呼んでいます。
英語ではターン・アップ(折り上げ)というのですが、
その発音が野菜の蕪(英語ではターナップ)に似ていることから
カブラと呼ばれるようになりました。
カブラ幅は4センチが基本ですが3,5センチや4,5センチに
して欲しいというご注文もよくあります。

ズボン裾は折り返しのないシングルが本来で
タキシードやモーニングなどの礼服は例外なくシングルになっています。
ダブルは雨の日にズボン裾が汚れないように折り返した名残です。

(270)袖ボタン

上着の前合わせは直径20ミリくらいの中ボタンで留めます。
袖口には普通直径約15ミリの小ボタンをつけます。
写真の袖口の場合 左は中ボタン2個、右は小ボタン4個使い。
袖には小ボタンを3個つけるのが一般的ですが
近年は4個のご注文もよくあります。
夏服には小2個で軽さを演出する場合もありますが
ちょっと寂しい感じがします。
中ボタンを1個だけつけるというお客様もいらっしゃって
デザインですのでどれが正しいということはありません。

当社で使っているボタンはほとんどイタリア製で
最近は水牛角を削り出したものなど
手作り感のあるボタンをよく使います。

(269)新閣僚のモーニング

鳩山新政権に変わってテレビに登場する閣僚の顔ぶれも
総入れ替えになりましたが、皆さんいい服を着ておられます。
とくに感服したのは大臣就任式におけるモーニング姿です。
きちんと身に合っていて、ベストの下からベルトがのぞいている
ような方は一人もいらっしゃいませんでした。
股上深く作ったコールズボンをサスペンダーで吊っていると思えます。
体形のよろしくない方もきちんとオーダーした礼服を
着用なさっている様子で、サマにはなっています。

写真は夜の9時38分撮影。
この日の昼に天皇陛下がモーニング着用で認証状を授与されるので
受け取る新閣僚たちも全員モーニングを着ないわけにはいきません。
モーニングはその名の通り通常通常夕方以降は用いない礼服ですが
昼からの行事まま着替える時間なく夜を迎えるのはやむをえません。

(268)ハリス・ツィードの生地幅

英国ハリス島周辺を産地とするハリス・ツィードは
実は一種類ではありません。
既製品用の軽い生地から1メートル当たり400グラム以上ある
がっしりした素材まで多種あって、値段も相当違います。

30年ほど前まで、ほとんどの洋服生地の幅は150㎝でしたが
ハリス・ツィードだけは75㎝と決まっていました。
昔話の「鶴の恩返し」に出てくるような素朴な織機を
使っていたので、生地の幅を広くできなかったのです。
高速織機が一般化した昨今ではハリスも他の生地と同じく
150㎝幅のものが主流になっています。
今でも生地幅75㎝のハリス・ツィードがいくらか
輸入されているものの、お値段高めです。

(267)ドーメルTonik(トニック)

久々にドーメル社のトニックでスーツをお仕立てしました。
トニックは強捻糸(きょうねんし)という綱引きの綱のように
きつく縒った糸を使って織り上げた合服生地です。
反発力が強く、シワになりにくいという特徴があります。
ドーメル社は30年ほど前にこの生地の生産を止めてしまいましたが
今でも「トニックはありませんか」とわざわざ名指しで
注文されるお客様もいらっしゃいます。

近年復刻品がデビューしましたが、以前のものとは感触が違います。
新作は手触りが軟らかく、かつてのようなシャり感がありません。
その方が現代的だと考えての改良なのでしょうけれど…。

ヴィンテージ素材についてはこちらをご覧ください

(266)ユーロ安

当方で扱っている生地は主にイギリス、イタリア製です。
今年の春に輸入商社が持ってきたサンプル見本を見て
注文した秋冬生地が、今頃入荷なっています。
ユーロは春まで安く、その後高くなっています。
ちょうど安い時期に注文できているので
この秋冬の新作は割安で入荷できているように思います。

夏にアルジェリアからお見えになったお客様からは先週

「気に入りましたので、また帰国の際に1着仕立てます」

というメールを頂戴して安心しました。

遠方から来て下さるお客様の場合、

お直しが出たときの修正が難しいので気を遣います。

正直のところ仕立て服は最初の1着から百点の服ができるところまで行かず

3着目くらいでようやく納得できる出来になります。

もちろん1着目から90点以上の出来にはいたしますので

さほどご心配には及びませんが…。

気になるところがあればもちろん無料でお直ししています。



(265)アルジェリアからのお客様

北アフリカのアルジェリアに何年も前から滞在中の
日本人の方からメールでスーツのご注文を頂きました。
イタリア人の同僚から(イタリア語で)
「既製品のスーツを着るのは主体性がないヤツだ」
と悪くいわれたので、オーダースーツを着用して見返したいとのことです。

お盆の11日間だけ日本に帰国している間に採寸し、
ハンドメイドでお仕立てしました。
ちょっと制作期間が短いので
「あとで現地にお送りしますよ」
と申し上げたのですが
「アルジェリアは送った荷物が簡単に届くような国ではありません」
とおっしゃって、完成した洋服を手に提げて旅立たれました。

(264)3軒のテーラーロンドン 2009・8・23

テーラーロンドンという屋号の仕立て屋は当社のほか
大阪、長野にもありますが互いに別々のお店です。
当社も岡山で創業して60年近くなりますが
他のお店もそれぞれの地における老舗です。

半世紀前、英国のロンドンといえば世界の紳士服の中心地という
イメージがあり、高級紳士服地のほとんどが英国製でした。
ゼニアなどイタリア生地のメーカーも当時から存在はしていたのですが
日本での知名度ははるかに低いものでした。
戦後間もない日本各地でお店を始めた仕立て屋さんはこぞって
「テーラーロンドン」という屋号をつけたがったので
当時は同じ名前のお店が九州などにもあったことを記憶しています。
最近はテーラー(注文紳士服店)という職業名も珍しくなりましたし
イタリア、フランスの生地も輸入されるようになり
必ずしもロンドンが世界の紳士服の中心地とはいえなくなって
「テーラーロンドン」も数を減じています。

(263)パナマ帽  2009/08/11

パナマ帽は中南米原産のパナマソウで織り上げた帽子です。
南北アメリカ大陸の接点にある国、パナマから輸出されるので
その名前がつきました。
かぶって涼しいというよりも日差しの強い季節における
ファッションの意味合いが強く、夏服の一部だといえます。

自分には帽子は似合わない、などと遠慮なさることはありません。
つまりは慣れで、3ヶ月もかぶっていると自分も周囲も見慣れて
なかなかカッコイイではないのという感じになってきます。

管理人はよく帽子をかぶるのですが、一種の変装にもなります。
かぶると頭全体の輪郭が変わるので、顔がの印象が変化します。
街で知り合いに出会ってもすぐには私だと気付かれません。

(262)テンガロンハット

カウボーイのかぶる帽子をテンガロンハットと呼ぶのは
本当は間違いです。
テンガロンハットはメキシコ人がときにかぶる大きな帽子のこと。
テンガロンとは飾り紐のことです。

ところが誰かが(おそらくはカウボーイの多かったテキサス人が)
洒落で、あの帽子には水が10ガロン入るから
テンガロンハットだと言いだしました。
1ガロンは3、8リットルほどですので10ガロンといえば38リットル。
そんなに入る筈がありません。
しかしアメリカではテキサス人は言うことが大げさだということになっていたので
この洒落は大いにウけて、その後世界中に広まりました。

こんな訳でカウボーイの帽子をテンガロンハットと呼ぶようになりました。
上のカウボーイハットの写真が当ホームページの掲載写真千枚目です。

(261)アイビー&トラッド

一世を風靡したアイビールック、トラッドというファッションは
この頃すっかり影をひそめているものの、今でも時々注文頂きます。

アイビーとはアメリカ東部の有名8大学が所属するアイビーリーグのことで
日本でいえば東京6大学みたいなものです。
20世紀のアメリカにおいてはアイビーの卒業生が社会のエリートでした。
その代表格が故ケネディ大統領です。
アイビーの学生たちが好んで着用した洋服がアイビーファッション。
トラッドは社会に出た卒業生が着る洋服で
アイビーをちょっと大人っぽくしたものです。

紺のブレザーに金釦、グレーフラノのズボンが典型的。
上着のフックベントがアイビールックの象徴でした。
21世紀に着るとかえって新鮮かも知れません。

(260)ノーフォーク・ジャケット

ノーフォーク・ジャケットは背中の中心や両脇に
プリーツ(ヒダ)を取った上着のことです。
手を前に回したときにこのプリーツが開くので
背中がつっぱりません。
元々は猟銃を構えるときに手や肩の動きが楽なように
工夫されたデザインです。
通常はバックベルトをつけてスポーティさを強調します。

最近ライダーの方からオートバイで前景姿勢をとっても
楽な上着はできないか、と相談されてお仕立てしました。

(259)620グラムの生地

通常の洋服生地は幅が150センチメートルあり
重さは1メートル当たり夏物で200グラム台
冬物で300グラム台が普通です。
400グラムを越える生地は一部のフラノなど
少数派です。
しかしときには写真のように600グラム以上もある
たいへん重い生地も使います。
重いということはそれだけ多量の羊毛を
密度を高めて使っていることですから
仕立屋はこれを「打ち込みがいい」と言って珍重します。

きちんと仕立てると着用しても重さを感じさせず
クラシカルで重厚な味のある洋服になります。

(258)テーラー激減

1945年の終戦後しばらくして世情が落ち着くと、
日本の各都市で20歳代の若者がいっせいに
新しいオーダー洋服店を開業しました。
私の父親もまさにその世代です。
テーラー復興期を作ったその世代が皆さん80歳に近くなっています。
年齢的に経営を続けることができなくなり
跡継ぎがいない場合はひっそりと廃業します。
最近5年間にそうしたケースが続出し、
全国のテーラーは激減しています。

東京や神戸でさえもすでにテーラーが少なくなり
当社のお客様も3割程度が県外からいらっしゃっています。
現在ハンドメイドのお洋服をご注文くださっているお客様は
日本製ハンドメイドスーツを知る貴重な体験者だと思えます。

(257)足踏みミシン

写真は当社の職人さんが使っている足踏みミシンです。
40年以上前のものですが、今でも普通に使っています。
ハンドメイドの洋服でも例えば上着の背中心など
縫う距離が長い部分はミシンで縫っています。
モーターで動く動力ミシンは強力ですが
スピードの調整が利きにくいという欠点があります。
もちろん縫う早さを調整する装置はついていまるのですが
この部分だけはもう少し慎重に、ゆっくり縫いたいという場所での
微妙な加減ができずに、どうしても速く縫えてしまいます。
足踏みミシンなら自分の足で本当にひと針ひと針、
ミシン目を数えることができる速度で縫うことができます。
洋服が完成するまでの日にちが早いに超したことはありませんが
ゆっくり作業した方ができが良くなるところもたくさんあります。

(265)ダンヒルの織りマーク

ダンヒル(英)の上着には写真のような織りネームが付いています。
以前はもっと大きくて堂々としたマークだったのですが、ダンヒルに限らず
どこのブランド生地のネームも近年シンプルなものになっています。

ダンヒルは日本でいえば伊藤忠のような総合商社ですので、
世界各地の織物工場に委託して生地を生産しています。
耳に織り込まれた文字が「メイド・イン・イングランド」
のものと「メイド・イン・イタリー」のものがありますが、
英国製の方が品質的には良いと思えます。
値段もイタリア製より少し高めです。

写真の釦は水牛の角を削りだしたものです。

(265)ゼニアの赤ネームと青ネーム

写真はエルメネジルド・ゼニア(伊)の生地を使用して
当社でお仕立てしたスーツの内側です。
ゼニア・ジャパンを経由して仕入れた生地には
よくこんな赤色のネームが付いてきます。
反で仕入れる生地の場合には同じデザインで青色のネームが
使われることもあります。
どちらもホンモノであり、品質は変わりません。
生地を仕入れる流通経路が違うだけです。
ネームにこだわるお客様にはお好きな方を
お付けするようにしています。

(264)用尺

生地の長さを用尺(ようじゃく)といいます。
お客様の持ち込み生地の場合はまず用尺を測ります。
最近はスーツなら3,2メートル、
ブレザーなら2メートルに切ったものが多いようです。
生地の幅は1,5メートル前後あり、織機によって多少前後します。

チェックの場合は柄を合わせなくてはなりませんので
少し余分が必要です。

重さは1メートル当たりで夏生地なら200グラム台
合冬生地なら300グラム台が一般的です。
出来上がりのスーツは重さ1~2キログラムになります。
1メートル当たり400グラム以上は重い生地で、最近少なくなりました。
もっとも現在ゴツい生地がお好みのお客様のご注文で
600グラム以上ある生地を英国から取り寄せてスーツを製作中ですが。

生地は外側に裏がくるように畳まれています。
1枚めくって耳の字が読める面が表です。

(263)モヘア60パーセント生地


アンゴラ山羊の毛で織った生地をモヘアと呼び
手触りが冷たいので夏の高級スーツに使います。
毛自体に艶と張りがあるので織り上がった生地や
できあがった洋服も光を反射して輝きます。

とはいえモヘア100パーセントの生地は使ったことがありません。
60パーセントくらいが実際的には限界で、
あとの40パーセントはウール(ヒツジの毛)を織り込んでいます。
ウールは伸縮性に富み、シワになりにくい性質を持っています。
表面のキューティクルが生きていて、湿度を自動的に調整してくれるという
驚異的な特質もあります。
数千年前から現代に至るまで、ウールに勝る繊維は開発されておらず
モヘア生地といえどもウールが土台となっています。

(262)生地のニックネーム

オーダー用生地にはときにニックネームがついています。
自動車でいうなら同じトヨタ車でもクラウンやプリウスといった
名前が付いているのと同じです。

スキャバル社(英)では夏のモヘア生地にベイ(湾)と冠した
ニックネームをよく付けています。
モヘア60%のモンテゴ・ベイが代表格で
コールラル・ベイやハミルトン・ベイなどもあります。
ゼニア(伊)のエレクター、トラベラー、トロピカルの3枚看板、
ドーメル(英)のトニック、アマデウスも有名です。

以上3社は昔からニックネームを付けることが好きなのですが
他社はそれほどこだわっていないようです。

(261)アイロンを新調

アイロンを新調しました。
仕立屋が使うアイロンはタキイというメーカーのもので
ご覧のようにスチームも出ない無骨なデザインです。
お尻に付いている黒い小箱は温度調節器で、
昔はこれも付いていなくて、底をちょっと触ったり
霧を吹いてチュンという音で適温を確かめたりしていました。

定価38,430円。
最大の特徴は重いことで、2,8キログラムあります。
仕立屋のアイロンは単に生地のシワを伸ばすために使うのではありません。
温度と湿度と圧力を使って縦糸と横糸で構成されている生地を歪め、
思い通りのラインを出すことが主目的。
そのためには重いアイロンと頑丈なアイロン台が必要です。

(260)映画「天使と悪魔」のスーツ

映画「天使と悪魔」が上映中。
トム・ハンクスがアメリカ人教授にふんし、
バチカン市国で起きる連続殺人事件を追う重厚なミステリーです。

物語の舞台は終始バチカンであり、
主人公はアメリカ人ですが彼を案内する刑事はイタリア人で
2人が着用しているスーツは明らかに仕立てが違います。

イタリア人の服は「第2の皮膚」と呼ばれるように
体にぴったりと張りついたラインが特徴的。
トム・ハンクスの着ているスーツも上等のものですが
格好の良さという点ではイタリア人にはかないません。
イタリア仕立ての高級洋服は日本でも売り出されていますが
日本人がこれを着て同じように格好良く見えるかどうかは疑問です。
日本人の服を一番上手に作れるのはやはり日本人だ、
とは東京の先生の言葉です。

(259)夏はモヘア(MOHAIR)

冬用の服地としてはウール(ヒツジの毛)が一般的ですが
夏のスーツ地にはイギリス製のモヘアをよく使います。
ウールとは原料となる動物の種類が違います。
モヘアはアンゴラ山羊の羊毛で織られる生地です。

モヘアはウールよりも艶があり、手触りが冷たいので
夏の高級品として仕立屋に好まれます。
既製服はほとんどがウールであり、モヘアはオーダーでしか使いません。
値段が高いことが一番の要因でしょう。
もっともイタリア生地は高級品でもウールが主流です。

(258)四季の洋服

洋服には冬服と夏服があり、その間の春と秋に着る合服(あいふく)があります。
実をいうと季節によってもう少し細かく分類できます。
冬服>梅春もの>春物>初夏もの>夏服>盛夏もの>秋服>冬服
というサイクルです。

代表的な生地としては
梅春ならシャークスキン、初夏にはツイル、夏はモヘアがあります。
盛夏ものとして御幸毛織の極薄生地シャリックが一世を風靡しました。
夏の礼服にも使われていて、背中ではシャツが透けて見えています。
ちょっと薄過ぎるからでしょうか、最近はあまり使われていません。

(257)身裏と袖裏

お手持ちの上着の袖口を覗くと
縞柄の袖裏が見えているかもしれません。
上着の裏は無地や柄物などいろいろな種類がありますが
袖裏はたいてい身裏とは違うストライプの生地を使っています。

昔は上等の裏地といえば高価なシルクかアルパカを使っていました。
美しくはあるのですが摩擦に弱いという欠点がありました。
そこでしょっちゅう手を通す袖の裏側だけは
丈夫で滑りのよい袖裏という専用素材を使っていたのです。

現代では裏地にキュプラやポリエステルが多用されるようになったので
実は袖裏も身裏と同じ素材を使っても構わないのです。
事実既製服は同じ素材を使っていることが多いようです。

仕立屋の服は今でも身裏と袖裏は
それぞれ専用の別生地を使う仕立て方が主流です。

(256)背抜きと総裏

上着の裏地の付け方は背抜きが基本で、
総裏(上写真)にすると割り増し料金を頂くお店が多いようです。
(当社では背抜きも総裏もお値段は同じです)
総裏の値段を高くするのも遠い昔のハンドメイド時代の
なごりだろうと思えます。

総裏の方が使う裏地の面積は確かに多くなります。
背抜きでは裏地の使用量が少ない替わりに
背中の裏側部分剥き出しになりますので
見える部分の縫い代をパイピングなどの方法で見栄えよく
始末する必要があります。

昔は裏地の値段が高く、手間代が安かったので
総裏の値段を高めに設定していたのでしょう。
現代では実情が逆になっていると思うのですが。

(255)アンコン仕立て

夏になるとアンコン仕立てのご注文も承ります。
アンコンはアンコンストラクティブ(非構築)の略で
パットや裏地を使わない仕立て方法を指します。
体に馴染んで着やすく、カジュアルな感覚の服ができあがります。

お仕立ては結構難しいのですが、一見したところ
ずいぶん手を抜いた仕立て方のようにも見えるので
テーラーとしては心苦しいところです。

裏地を全く使わない場合はアウトポケットが望ましく
少しだけ使った方がきちんとした出来上りになって
デザインの自由度も増します。

(254)名品の生地

仕立屋の数は最近10年間で激減しました。
戦後20歳代でテーラーを立ち上げた経営者が80歳近くなり
跡継ぎがいないままに廃業するケースが頻発しているからです。
洋服を縫わせれば凄い腕を持っておられる先輩諸氏が
皆さんお年を召されて次々と店を畳んでいます。

実はそうしたお店の生地を買い取らせて頂いているので
近年当社に置いている生地の量がずいぶん増えています。
腕自慢のテーラーさんほどお気に入りの生地を
資産として手元に残しておられるので
たいへん上質の品が入手できています。
是非そうした名品をお手にとってみてください。

(253)体操選手の手首

オリンピックを目指す体操選手にスーツとシャツを注文頂きました。
胸が厚く腕が太い特殊体型であることはテレビで見ても分かりますが
手首周りが19㎝とずいぶん太いことに驚きました。
小柄な方なので通常は16㎝くらいが標準です。
ここには筋肉がなく、関節部分の骨が太くなっています。
強力な筋肉を支えるために骨も太くなるとは初めて知りました。

シャツをお仕立てするときには手首周り(リスト)も測ります。
ゴツい腕時計を愛用しているので左カフスだけを大き目に指定される
お客様もいらっしゃいます。

(252)ゴッドファーザーの黒服

ご葬儀の列席者が全員黒無地の洋服を着用するのは日本だけの習慣、
と本欄で以前に書かせて頂いたことがあります。
洋画での葬儀の場面を見ると参列者の服装はバラバラで
赤いネクタイをしている人さえいます。

ところが先日マーロン・ブランド主演の「ゴッドファーザー」を見た知人から
「映画の終わりの方に大きな葬儀の場面があって
参列者は全員黒服に黒ネクタイという日本と同じスタイルだったぞ」
という指摘がありました。
それは登場人物が全員マフィアだからなのだと思います。
一般のアメリカ人から見ると黒服の集団は
相当不気味な連中に見えることでしょう。
あるいはそう見せるための演出かも知れません。

(251)ドーメルの灰皿

ドーメルは創業160年以上になる最古参の生地屋さんのひとつ。
この灰皿は20年前に同社から頂戴したもので
中央に印刷された建物はドーメルのロンドン本社ビルです。
その後ドーメル社はこのビルをソニーに売却してしまい
現在ではフランスのパリに現代的なビルを建てて
本社としています。

しかしフランスには紳士服生地の良い織物工場がないので
生産の拠点は今でも英国です。
ドーメルの生地の耳に
「ドーメル パリス メイド・イン・イングランド」
と入っていることがあるのはそういう意味です。

(250)差し込み

スーツは16の大きな部品と10数枚の小さな部品からできていて
お客様から注文を受けるとそれぞれの型紙を作成します。
型紙を効率よく生地の上に置く方法を差し込みといいます。
写真は当社の親父様がズボンの後ろ身の型紙を置いているところです。
高価な生地は10センチメートルで何万円もしますので
なるべく短い長さの生地で全部の部品が取れるように
工夫する必要があります。

ジグソーパズルのように凹凸を合わせて無駄なく
差し込むのが基本ですが
各テーラーに秘伝の差し込み方法があり、
古い仕立屋さんはよく
「オレなら2,6メートルの生地でもスーツが取れる」
などと自慢していました。
近年は差し込み自慢のテーラーさんが減り
取引されるスーツ地は3,2メートルに切ったものが
主流になっています。

(249)上着の内ポケット

上着の外側についているポケットにモノを入れるとラインが崩れます。
原則として何も入れないように心がけ
小物は全部内ポケットに入れます。

左内側には多いときで4つのポケットを作り
上から名刺(縦についています)、財布、ペン、タバコと呼んでいます。
昔からそう名前がついているだけのことで
実際にそれぞれに名刺やタバコを入れる方は少ないでしょう。
なるべくなら使わない内ポケットはつけない方がよいくらいです。

(248)婦人服も作ります

注文紳士服を作るテーラーが減っている以上に
婦人服オーダーの店が激減していて
当社でも婦人スーツのご注文をしばしばお受けします。

婦人服は単に前合わせを紳士と逆に作ればよいというものではありません。
上着の最大の違いはバストの丸みの処理です。
胸の膨らみを包み込むために男性より立体的な裁断が必要です。
ウエストとヒップの差も大きいのでズボンの裁断線も変わってきます。

基本的に紳士生地は婦人生地より質が良いので
しっかりしたスーツを探しておられる職業婦人には好評頂いています。
お値段は紳士服と変わりません。
(婦人服のページはこちらです)

(247)マシンメイドとイージーオーダー

当社の洋服にはハンドメイドとマシンメイドの二種類の作り方があります。
ハンドメイドは完成までの全ての過程を当社で行います。
マシンメイドは縫製に関しては外部の工場に発注して
縫ってもらうのですが、すみません、
いわゆるイージーオーダーのお店とは
違う服を作ることができると自負しています。
仕立屋であるために服の作り方が分かっているからです。

作り方が分かれば採寸のやり方も変わります。
実際のウエストが80㎝あるからといって
ズボンのウエストを80㎝に仕上げるわけではありません。
工場で縫い上がった服をそのまま納めることは皆無で
必ず当方で補正します。
自社で服を作っていないと万一欠点が出ても
なぜそのような欠点がでるのかが分かりにくい筈です。

(246)アルパカの裏地

お客様のご希望で、このところ上着の裏地に
アルパカを使う機会が続いています。
アルパカは30年前まではオーダー洋服の裏にはよく使われていましたが
ここ20年ほどの間にすっかり姿を消してしまいました。
値段が高いのに摩擦に弱く、その後開発されて品質が向上した
サベリ(キュプラ)にすっかりとって代わられたからです。
仕入れている裏地屋さんにいわせれば
「いま時テーラーロンドンさん以外からアルパカの注文はありません」
とのこと。
当方からお勧めすることはありませんが、
渋い味があり滅多に使われていないところが値打ちです。
レトロ好みの方はどうぞご相談ください。

(245)男性服と女性服の前合わせ

上着の前合わせは釦留めが一般的ですが
男性服と女性服では前合わせが左右逆になっているのは
なぜでしょうか。

釦は13世紀に発明されました。
当時も今も右利きが多数派を締めています。
釦付きの服を着るときには右手で釦をつまんだ方が使い易いので
男性の服は右手の側に釦が付いています。

ところがかつて高貴な女性は自分で服を着ませんでした。
映画「マリー・アントワネット」や「風とともに去りぬ」で見られるように
お姫様はただ立っているだけで、周囲の侍女たちが寄ってたかって
服を着せてくれていました。
侍女が右手で釦をつまめるように仕立てると
前合わせは男性と逆になるのです。

(244)オンリーワンを作る

「既製服を買うのとオーダー服を仕立てるのでは気分が違う。
テーラー(注文紳士服店)に入る場合はこれからここで
世界で1着しかない自分だけの洋服を作るのだという緊張感がある。」
洋服に詳しいお客様がそうおっしゃるので
ご期待に応えるだけの服を作らなくては、と
改めて背筋が伸びる思いをいたしました。

そうそう、本当に私どもが作る服はそのお客様だけのものです。
生地だって実質的には現在日本中でこの1着分だけ存在しています
というオンリーワンの品が多数あります。

それだけに初めてテーラーに入るという方は
ドアが開けにくいかとお察ししますが
ホームページを見て来た、といって
どうぞお気軽に遊びにおいでください。

(243)苦手なデザイン

仕立屋が苦手とするデザインもあります。
例えば内側にファスナー留めのライナーが付いたコートは
既製品にはよくありますが、当社で作るとなると難しい。
できないとは言わないまでも、
既製品よりうまく仕立てる自信がありません。

既製服は試作を重ねてから型紙を決定しますが
注文服の場合はたった1回限りのほとんどぶっつけ本番です。
ライナーは表生地の内側に沿わせて作るので
当然表服より一回り小さく製図する一方
動きやすくするためにある程度の余裕も必要です。
どの程度余裕を持たせるかは作ってみないと分かりません。
他の生地を使って何回か試作してみることもありますが
時間もかかるし製作費が高くついてしまいます。

(242)カシミア・ドスキン

昨年末にカシミア・ドスキンを仕入れて、コートやスーツをお仕立てしています。
カシミアやドゥ・スキン(鹿革)に似た粘っこい感触がある厚手のウール地です。
色はほとんど黒一色で、以前は冬物の高級礼服のご注文があれば
どこのテーラーでもこの素材を使ってお仕立てしていましたが
軽くて薄いイタリア調の生地が流行となって以来、
市場でほとんどみかけなくなっていました。

せっかくオーダーでお仕立てくださるお客様には
他の方が着ていないこんな重厚で上品な素材もお見せしたいと思っています。


(241)希少ブランド

近年お客様に知られた洋服生地ブランドといえば
ダンヒル(英)とゼニア(伊)が双璧です。
少し前ならスキャバル、ドーメル、フィンテックスが3巨頭でした。
(左上)スコッチテリアのマークがかわいいカイノック
(左下)30年前は当社でもよく使っていたモクソン(創業400年!)などの
英国老舗ブランド生地は近年見かけることが少なくなりました。
(右)バークレーはこの間久々に新作を見かけましたが
相変わらず良い生地を織っています。

英国で多数の生地織り元が多彩な生地を生産していても
輸入する日本の洋服生地専門商社が激減しているために
手に入り難くなったブランドが増えています。

希少ブランドも時折入手してお仕立てするのですが
たいへん存在感のあるお洋服になります。