●洋服徒然草2017年度版  トップページに戻る

47回 ネーム

 ご注文があれば上着の内側に刺繍ネームを入れます。これは日本だけの習慣で、外国の方が見ると「なぜ服に自分の名前を入れる必要がある?盗られることがあるのか?」といぶかしむそうです。洋服が一般化する以前の我が国では、きちんとした席ではそれぞれの家の家紋が入った紋付を着ていた名残ではないかと思っています。漢字で姓を入れることが多いのですが、ローマ字つづりや頭文字だけを刺繍することもあります。「招福」「還暦記念」などの文字を入れて欲しいというご注文もあります。

 ハンドメイドスーツのネームは手振りミシンという専門のミシンを使って刺繍するのですが、こんなことができる職人さんもたいへん少なくなってしまいました。パターンオーダーなどではコンピューターミシンで入れるようになっています。

46回 千鳥格子と杉綾

 洋服生地には様々な色柄があります。千鳥格子は古くから使われている古典柄で、多くは白地に黒で菱形のような連続模様が描かれています。格子とはチェック柄のことですが、千鳥の呼び名がどこからきたものか現代では分かりにくくなっています。菱形の先端が四方に突き出たような黒糸部分の形が日本手ぬぐいなどに描かれている抽象化された千鳥に似ているのです=写真。英語圏ではこの柄をハウンド・トゥース(犬の歯)と呼びます。なるほどギザギザ模様が犬の牙のようでもあります。

 杉綾(すぎあや)も古典柄のひとつ。綾は綾織りの略で、綾織りにした生地は表面に斜め方向の畝が浮かび上がることが特徴です。杉綾は右上りの畝と左上りの畝を交互に組み合わせることで杉の葉に似た模様を作り出しています。英語での呼び名はヘリンボンですが、これはヘリングボーン(ニシンの骨)の意味。西欧人には魚の骨の形に見えるのですね。

 千鳥格子、杉綾ともオーダー洋服の世界では普遍的に使われていますが、大量生産される既製服は生地も均一化され、同じような無地調のスーツになりがちです。このたび市松模様(チェスボード・チェック)が東京オリンピックのシンボルマークに採用されました。これを機会に伝統柄の洋服が見直されると嬉しいのですが。

▼第45回 オーダースーツの値段

 当社のオーダースーツはお仕立て上り8万円から20万円の間くらいの価格帯が中心で、ずいぶんお値段に開きがあります。高価な生地を使うと高い洋服になるのだろうと思われがちで、実際にその通りでもあるのですが、仕立屋の場合生地代よりも縫製料の比率の方がずっと大きいのです。

オーダースーツの値段は生地価格と仕立て代の合計金額です。当社では同じ生地を使ってもお客様に頂戴するお会計が10万円の場合もあり18万円の場合もあります。生地代が3万円だとすると前者の場合お仕立て代が7万円、後者では15万円という理屈になります。安い方(安くもありませんが)は工場に縫製を委託するマシンメイドで、高い方は私が裁断して当社の職人さんが手仕事で仕立てるハンドメイドです。

洋服の縫製工場は数人がチームを組んだ小規模施設から日産数千着という大工場まで全国に多数存在し、料金も技術もピンからキリまであります。仲介業者を通して海外(主に中国)の工場に送る洋服店さんも珍しくありません。

 縫製工場はどこも流れ作業でスーツを作成していて、袖を縫う係の人は1日中袖ばかり縫っています。完成までに百工程以上あるので百人の腕利きが揃えばよい理屈ですが、なかなかそうはいきません。工場によって品質管理に差があるだけでなく、同じ工場でも日によって生地によって出来不出来の差は相当にあります。

ハンドメイドの場合は私が裁断し、当社の職人さんが一人で服を縫い上げます。工場なら専用ミシンを使って30秒で作る釦穴も、30分かけて手作業でかがります。同じ食材を使っても料理人さんによってまるで異なる料理ができるように、良い仕立てをすれば完成度の高いスーツができ上ります。

▼第44回 釦の話

洋服の前合わせをボタンで留める仕掛けは13世紀に発明されました。紳士服と婦人服では前合わせが左右逆になっていることにお気づきかと思います。紳士服においては右手でボタンをつまんで左手側のボタンホールに入れると手勝手がよいので右手側にボタンを付けました。女性は侍女に着せ付けてもらっていたために婦人服は侍女の右手側、すなわち着用者の左手側にボタンが付いているのです。

 19世紀の服にはたいてい布製のくるみ釦が付いています。円くて固い芯の回りを洋服の共生地でくるんで作った釦です。20世紀に入ってからは樹脂製の釦が主役になりました。色もデザインも多彩なため現在にいたるまで圧倒的に多く使われていますが、近年は自然素材の釦にも人気が集まっています。メキシコ蝶貝を削って作った釦は夏服に付けると涼しげで黒、白、茶蝶貝の3色があります。水牛の角製釦は黒っぽいものから薄茶色まであり、生地の色に関わりなく似合います。メタル(金属)釦は紺ブレなどの替え上着向き。その他ヤシの実を削ったナット釦など材料だけでも多種あり、お手持ちの洋服でも釦を替えると全く違った印象の服になります。

▼第43回 柄合わせ

 

 ストライプやチェックなどの柄のある生地で洋服を仕立てる場合、あちこちで柄合わせをする必要があります。上着の胸ポケット部分は身頃とは別の長方形の部品でできているのですが、柄を合わせると目立ちません。脇ポケットの蓋(フラップ)も本体と柄を合わせておく必要があります。チェック柄は横方向にも縞があるので前身と袖の横縞が水平方向で一直線になるよう袖付けをします。このような部分は柄が合っていないと目立つので誰でも気が付くのですが、仕立屋が一番注意しているのは背中の柄合わせです。

 縞柄の上着を背中から見たとき、襟から背へ縞が通り、同時に背中の縞柄が左右対称になるように仕立て上げます。他の部分なら柄が合っていなくても縫製途中、あるいは完成後でも修正することができるのですが、背中部分を間違えると後からではやり直しがききません。縞と縞の中間に背中心の縫い目がくるよう型紙を置いて、この部分から裁断をスタートさせます。

 背広の襟は上襟と下襟、二つの部品でできています。鎖骨のあたりに両部品を縫い合わせた縫い目が見えるかと思いますが、この部分の縞柄は少し食い違うように仕上げることが一般的です。この縫い目でも縞が合うように仕立てることも可能ですが、そうすると制服みたいな印象を与える服になってしまいます。

第42回 テレビで見る背広

 テレビを見ているとたいへん仕立ての良い洋服を着ていらっしゃる方がしばしば登場します。まず目立つのはNHKのアナウンサーさん。地方局はそうでもないのですが全国放送でニュースを読む方は皆さんとても良い服をご着用なので、職場の空気というものがあるのでしょう。常に流行を取り入れた色柄やデザインを選んでいることも見逃せません。昨年はウインドウペーン(窓枠格子柄)が多用されていました。

同局が土曜お昼に放映している「バラエティー生活笑百科」で司会をなさっている落語家の笑福亭仁鶴さんが着ておられるダブルのスーツはうっとりするほど良いお仕立てで、腕の良いテーラーさんに通っておられるものと思えます。ゲストとして出演される漫才の阪神巨人さんの洋服もスバラシイ。二人揃いのスーツで小柄な阪神さんは三つ釦、巨人さんが二つ釦に仕立てておられることもあります。

 政治家では麻生太郎副首相のギャングファッションがよく話題になりますが、私が注目しているのは安倍晋三首相がよく着ておられる明るい紺無地のスーツです。数年前なら街で見かける紺スーツは黒に近い濃紺ばかりでしたが、昨年あたりからブルーと呼べるほど明るい色をよく見かけるようになりました。珍しくも首相がファッションリーダーの役割を果たした例だと思っています。

▼第41回 仮縫い

 

 写真は先代(父)がお客様に仮縫いを試着頂いているところです。洋服の注文を頂くとその方のデザイン、寸法に合わせて生地を裁断し、それぞれの部品をシツケ糸で縫い合わせます。洋服の形になったところでお客様に着てみて頂いてイメージに合っているかどうか確認する作業が仮縫いです。

 採寸した寸法が合っているかどうか確かめるために仮縫いを行うと思われがちですが、すみません、寸法は滅多に間違えません。仕立屋は第一に洋服の肩にお客様の肩がきちんと入っているかどうかを見ています。肩先の上がっている方と下がっている方では服の形は全く違って見えます。次に胸の張りや背の丸みといった体型に洋服がどこまでそぐっているかを見ます。バストが同寸でも胸に厚みがあるお客様とちょっとうつむき加減の方では服の形がまるで異なるのです。

仮縫いは洋服が途中までできているという状態ではありません。お客様がお帰りになった後、シツケ糸をほどいて全ての部品がバラバラになった形にもどしてしまいます。修正点を補正する形で新たな線を引き直し、本縫いでは補正線に沿って縫っていきます。縫いあがった服はハンガーに掛けていてもどのお客様のものか分かるほど体型を写していて、なおかつ着たとき美しく見えるように仕立てることを心がけています。

▼第40回  トランプ大統領のスーツ

アメリカ第45代大統領に就任したトランプ氏のスーツスタイルが、米国内で話題になっています。何より特徴的なのは上着の前釦を留めない着方で、1月の野外で行われた大統領就任式ではコート、上着とも釦を外していました。

スーツの前釦は当然ながらかけるものです。ただ座っているときは前を閉じていると苦しいですし、服のラインも崩れます。気遣いある方は腰を降ろしているときは外し、立ち上がると同時にかけるという動作をよくしています。

本来の着方を実践することは相手に対する敬意の現れであり、場のグレードを高める効果があります。その一方、オーソドックス・スタイルを知った上で着崩すのはおしゃれの基本志向のひとつです。釦を外すことで親しみやすさやリラックスムードも演出できます。しかしトランプ氏の場合、大統領就任以前の写真を見ても、タキシードを着ているときでさえ前釦を外していました。意図的というよりもご本人にとってラフな着方が当たり前の習慣になっていると思われます。

現在の紳士服が完成した19世紀においてファッションの中心地はヨーロッパであり、スーツは三つ揃いが当然でした。ラフ好みのアメリカが台頭するにつれベストを着る紳士は少なくなっています。最高権力者のスーツスタイルが連日マスコミで紹介されることで、前釦を留めない男性が増えることが予想されます。

▼第39回 上着丈と股下は同寸です

 お客様のお体を採寸するとき、当社では最初に総丈を図ります。首の後ろ付根部分を触ってみると頚椎が出っ張っています。ここから床までの距離が総丈で、身長が170㎝少々の方なら150㎝くらいになります。その半分の75㎝がこのお客様の標準的な上着丈です。

 上着丈とは上着の背中心の長さのこと。脱いだ上着をうつ伏せに机の上に置いて上襟をひっくり返すと、襟裏に据えたカラークロスというフェルト状の布が見えます。カラークロスの下端から背中心の縫い目に沿って裾までの寸法が上着丈です。先に上着丈は総丈の半分が標準だと申し上げたのですが最近の流行により半分より5㎝くらい短く作ることも多くなりました。

 丈の短い上着は元々女性向けのデザインです。女性はウエストとヒップの寸法差が大きいので両方にそぐう上着を作ることが困難です。そこでとにかくウエスト回りをぴったりに作り、上着丈を短くしてヒップは上着の下から出てしまうスタイルにします。現在流行している上着丈の短い男性スーツはこれを取り入れたデザインで、ファッションが中性化している事例のひとつだといえます。なお総丈の半分はズボンの股下の標準寸法でもあるので、標準的なスーツにおいては上着丈と股下が同じ長さになります。

▼第38回 ズボンの腰回り仕立て

 既製服ズボンの多くはズボンの上端から3,5㎝下がったところに横方向に縫い目が走っています。ウエスト周りにベルト状の共生地部品を継ぐ方法で仕立てられているからです。腰回りの安定がよく、必要な生地の長さを節約できるという利点があります。

 これに対して仕立屋では、とくにタック付きのズボンの場合しばしば腰から裾まで継ぎ目のない1枚の布で作ります。このお仕立てには完成後でもウエストを大きく直し易いというメリットがあります。お仕立て後何年か経つうちにお客様が太られてウエストが10㎝以上大きくなっても、この仕立て方なら対応できるのです。

ズボンのタックはウエスト部分の生地を約3㎝ヒダ状にたたんで作ります。このヒダをほどけばワンタックからノータックへと変わり、寸法を3㎝出すことができます。既成服ズボンのウエスト出しは後ろの縫い目で行いますが、太ってくると背中ではなくお腹が出るのですから前身部分で直した方が体にそぐう筈。左右それぞれ3㎝のタックをほどいて計6㎝、背中心で左右2㎝ずつ出せば合計10㎝以上ウエスト寸法を大きくすることが可能です。オーダー洋服は長く着て頂きたいので後年体型が変わっても直すことができる仕立てがなされています。

▼第37回 右利きの方の上着

 スーツを着て鏡に向かってまっすぐ立ってみてください。右利きの方の場合、左袖からはワイシャツの袖口が見えないのに右の袖口からはたくさん出ていませんか。冷静に見ると右肩が下がり、それに連れて首が右に傾いていることもあります。50歳以上の男性なら少しも珍しくありません。学生時代に運動部に所属していた男性に特徴的で、中でもテニス選手は顕著です。テニスやゴルフ好きのスポーツマンだけでなく歯医者さんも農場、工場で働く方も皆さん毎日右肩が下がる方向に体を捻って仕事をしているためです。この特徴は年齢が高くなるにつれて進み、治るということはありません。左利きの方は左肩が下がって左腕が伸びることになります。

 仕立屋はお客様のお体の寸法を図っているときに左右の肩や腕の長さの違いをよくよくチェックしています。右利きであるにもかかわらず左肩が下がる方もときにあります。下がっている方の肩線を調整し、パットを厚くすることで対応します。腕の長さが2㎝以上違う方はざらにいらっしゃるのですが、袖の長さは1㎝少々の差に止めます。2㎝差で仕立てると手の長さの違いが明確になりすぎるからです。人間の体が左右非対称なのは当然のことで、それをバランスよく見せるのは仕立屋の仕事です。

▼第36回 スマートな方にはタック入りズボンをお勧めしています

ノータックパンツが流行中で、とくに若者向けに販売されているスーツのズボンの大部分がノータックです。ズボンのウエスト部分の生地を折りたたんだヒダをタックと呼び、ヒップ周りにゆとりを持たせる役割があります。ノータックのズボンはゆとり量が少ないので窮屈なのですが、履きやすさよりも細身なラインを優先したデザインだといえます。しかし仕立てる側からすれば太っている方はノータック、スマートな方はタック入りズボンが似合う筈なのです。

人間の腰には骨盤が入っているのでダイエットしても尻回りは極端に小さくはなりません。しかしウエスト周りには骨がないので痩せればどんどん細くなります。ドラえもんのように丸っこい体型の方ならヒップもウエストも同じ寸法ですが、細身の方はヒップに比べてウエストが細くなります。なのでスマートな方のズボンはウエストが細い分だけ上部を巾着のようにすぼめて作らなくては体のラインにそぐいません。そのためには腰回りで余っている生地を折りたためばよく、実際にそのように仕立ててみるとこれがタックになります。タックを入れてヒップ周りのラインを自然にする一方、腿から裾にかけて細身に作ればスマートなズボンができあがります。



35回  冬はツィードが人気

 

 寒い季節にはツィードで仕立てた軽くて温かいジャケットが人気です。ツィードとはセーターのようにざっくりとして毛羽立った感じのウール生地のことで、業界では紡毛(ぼうもう)と呼ばれています。

 洋服生地の多くは羊毛を原料とした糸、つまり毛糸で織られています。いささか専門的になりますが毛糸には紡毛と梳毛(そもう)の2種類に分類でき、スーツ生地のほとんどは梳毛で織られています。梳毛糸は長さ6㎝以上ある細い羊毛を梳(くしけず)り、撚(よ)りをかけながら引き伸ばして作るウール糸です。工程はたいへん複雑で、梳毛糸で織りあげた生地はシャープで近代的な雰囲気を持っています。

 これに対し紡毛は固くて短い羊毛を原料としています。撚りや引き伸ばしも甘く、手編みのセーターなどを作る毛糸をイメージしていただければよろしいかと思います。紡毛で織った生地には素朴で温かい印象があります。毛羽立った繊維の間に空気をたっぷり含むので、紡毛の洋服は実際に温かいのです。

 上写真は紡毛製ツィードの中でも一番人気のハリス・ツィードで仕立てた替え上着です。スコットランドで飼われている羊の毛を原料として現地のハリス島周辺現地で織られた地域特産品で、百年以上続くロングセラー商品です。

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